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盗品の被害額について、事例を参考に、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所が解説します。
1 事例
ある日の深夜,某有名時計店で侵入盗の被害がありました。
犯人は,3人の外国人グループで,大胆にもお店のドアの施錠を破壊し,店内のディスプレに展示されていた高級腕時計をごっそり盗んでいきました。そのお店は民間の警備会社の機械警備が設置されており,犯人グループが侵入すると直ちに発報。しかし,警備員や警察官が駆け付けたときは,時既に遅し・・・,店内はもぬけの殻・・・。その後,警察の必死の捜査で,犯人グループの1人が逮捕され,他の犯人が検挙されないまま起訴されることとなりました。
犯人が盗んだ腕時計の中で,最も高級なものは,本体価格300万円の外国製の高級腕時計でした。当然,起訴状には,高級腕時計が被害品としてあげられていたのですが,その起訴状の公訴事実をよく見ると「被告人は,共犯者らと共謀の上,・・・・高級腕時計(販売価格330万円)を窃取したものである。」
と記載されていました。
犯人達の盗んだ高級腕時計は,確か300万円。ということは,販売価格の330万円のうち,30万円は消費税です。
しかし,盗難品の被害額の表示には消費税を含むのでしょうか?
2 消費税のしくみ
消費税の課税の対象になるのは,資産の譲渡等の場合です。
資産の譲渡等というのは,皆さんが消費者として毎日のように買物をするのがその典型です。
今回は、盗難被害に遭ったこの高級腕時計を例にして,消費税の仕組みをみていきましょう。
まず,高級腕時計の製造業者をA、問屋業者をB、小売業者をC、消費者をDとします。
製造業者Aが原価100万円の高級腕時計1個を製造し,これを問屋業者Bに売った場合,BがAに10万円の消費税を支払い,Aがこの10万円をBから一旦預かり消費税として納税します。次に,Bが100万円の仕入原価に利益分として100万円を乗せ,高級腕時計を200万円で売ると,消費税は20万円となり,CがこれをBに支払いますが,Bが消費税として納税する額は10万円です。これは,仕入原価100万円にかかる消費税10万円分は,仕入税額控除という税額控除を受けることになっているからです。ですからBはCから20万円を消費税として受け取っても,納税する額は10万円でいいわけです。これはつまり,Aから高級腕時計を仕入れる時点でBがAに支払っている消費税分であり,Aはその消費税を納税済みであり,その分は,最終的に消費者Dに転嫁される性質のものと考えればよいわけです。
そして,小売業者Cが200万円で仕入れた高級腕時計について,さらに100万円の利益を上乗せして300万円で消費者Dに売ると,消費税の最終負担者であるDが消費税として30万円をCに支払い,Cがその内,仕入れ時にBに支払った消費税額20万円を仕入税額控除して,10万円を納税すればよいことになります。
こうして取引の段階ごとに課税していくことを多段階課税方式といいます。
3 盗難被害に遭った高級腕時計の消費税はどうなるのか
既に述べた消費税の仕組みでわかるとおり、通常であれば、消費者が最終負担者として消費税の30万円を負担するわけですが、紹介した事案のような高級腕時計は、盗難に遭ったため、消費税の最終負担者である消費者はいません。
このように消費者のいない盗難は,消費税法上、買物のような資産の譲渡等には当たらないので,そもそも消費税が課税されないとされています。これを不課税といいます。そうすると、さきほどの消費税の仕組みの解説で出てきた小売業者のCは、本来、消費者から預かるはずであった30万円のうち10万円の消費税は納税する必要がなくなります。また、消費税法の基本通達(第11章第2節課税仕入の範囲11-2-9)では、課税仕入れのうち、盗難にあった物については、仕入税額控除をすることができるとされています。つまり、小売業者Cは、問屋業者Bに支払った仕入税額の20万円を控除することができるのです。ですから、最終的にCは、盗難にあった高級腕時計の消費税を負担しなくて済むということになるわけです。
4 それでも、盗難品の被害額には消費税が含まれる?
お話ししたように,盗品の場合,消費税は不課税となりますし、小売業者Cは、盗品に係る仕入税額は控除できるので、盗まれた高級腕時計の実被害額は300万円のはずです。
ただ,令和3年4月1日以降、商品の値札に取引価格を表示する際に,消費税額を含めた価格を表示する総額表示(内税表示)が義務付けられるようになり、消費税込みの額が販売価格となるのが当然となりましたし、捜査実務上、被害額の特定は販売価格によるとされていることから、盗難品の被害額を消費税込みの販売価格としているようです。 ご紹介した事例であれば、実際の盗難被害にあった腕時計の本体価格は300万円であり、それこそが実損害額であるはずなのに、誰も負担することのない消費税を含めた販売価格が被害額として表示されるのは、犯人に不利に被害額が大きくなるようで、いささか違和感を覚えますが、起訴状記載の公訴事実にしても、判決書の罪となるべき事実としても、被害品の記載の後にカッコ書きで「(販売価格330万円)」と表示されるのであり、販売価格とのことわりがあることからして、その実態として、被害の実額が300万円であるという認定はされているのでしょうから、消費税が含まれた被害額の認定としても、量刑上、被告人に不利な影響を与えることはないということになるのでしょう。